事業への思い
柿畑の維持と商店街の活性化
渋柿の生産は長年価格の低迷が続き、さらに高齢化と後継者不在が追い打ちをかけ継続が困難になっています。
このままでは、あと数年で渋柿畑のほとんどが耕作放棄地となってしまいます。
一昔前までは、どこの家も秋になると家族で柿の皮をむき軒先に吊るしたものです。日本の冬支度の一つでもありました。
何とかこの風習を残したい、渋柿畑を活かしたい。そんな思いから、生産の現場だけでは解決できない課題を商店街の賑わい創出という思いも込めて、豊前街道の干し柿の活動を進めています。
その先に描くのは、若手の農業参入、そして高齢者が活躍する年金補填型の隙間バイトです。この活動は農家と商店街がタッグを組み、さらに福祉施設や学校、一般市民、そして行政がそれぞれの得意分野を活かした地域創生の実験でもあります。
山鹿のあちこちに吊るし柿が干され、その光景は山鹿の新たな風物詩として多くの人を引き寄せ、町の賑わいとなることを願って活動を続けています。
山鹿市のランドマーク温泉施設「さくら湯」。1640年の肥後細川藩の山鹿御茶屋にその歴史の端を発し、2012年に日本の伝統工法を駆使して往時の姿で再建
豊前街道
熟れゆく柿に魅せられて
豊前街道とは肥後の熊本から北へ、植木、山鹿、南関を経て豊前・小倉(北九州)までの道を指します。
江戸時代のころから参勤交代道として栄え、特に湯の里として知られる山鹿は宿場町としてにぎわいました。往時の面影を残す町並みは、市の中心部に約1.3km続いています。
明治43(1910)年に建設され国指定重要文化財にもなっている芝居小屋「八千代座」や100年以上造り酒屋として看板を掲げる「千代の園酒造」など歴史的建造物が残ります。
近年は、吊るし柿によってオレンジに輝く街道をカメラに収めようと、県内外を始め海外からも観光客が足を運んでいます。
古き街並みが残る豊前街道。約1.3kmの街並みが「美しいまちなみ大賞」を受賞している
1896(明治29)年創業の「千代の園酒造」。130年余り豊前街道に看板を掲げ続ける老舗
渋柿畑を継続し里山の景観を維持
農地を活かし新たな資源へ
山鹿市菊鹿町には十数軒の渋柿農家がいました。しかし、1軒、また1軒とその数は減少しています。
渋柿の栽培は、水と肥料の管理、高さを抑える剪定、摘蕾や摘果、収穫と、一年を通して作業が続きます。それでも比較的、新規参入者も高齢者も参加できる分野でもあります。
この活動を通して新しく渋柿畑を引き継いだ若手の生産者は、収穫や皮むきなどの加工に高齢者の手も借りて人手不足を解消しています。
元気で働くことを希望する高齢者はたくさんいます。そんな高齢者が若者たちと一緒に、渋柿の生産と加工に汗を流しています。
生の渋柿はとても渋くて口にできませんが、干したり、焼酎に漬けたりと、ひと手間かけ加工すれば芳醇な甘さに昇華します。そして山鹿の干し柿は高級スイーツとして全国に羽ばたいていきます。
企業や市民、福祉施設、学校も地域創生の起爆剤となれ!
“つながる”を実現
一人の思いから始まった「豊前街道 柿がつなぐまちあかり」。
今では農家と企業がタッグを組み、やがてその思いが人から人へと繋がって、市民から高齢者施設を運営する企業、地元の学校、寺院まで、ともに活動を広げています。
秋晴れの柿畑には、施設の高齢者が足を運び収穫を手伝って昔を懐かしんでいます。
お寺に集まった子どもたちは、住職や大人たちと一緒に干し柿づくりに励み、山門や本堂に柿を吊るします。そして12月31日除夜の鐘が響くころ、子どもたちはそれぞれにお寺に向かいお参りをして、自分たちで吊るした干し柿を持ち帰ります。正月はお餅と一緒に甘い干し柿を食べるのが子ども達の楽しみ。
高齢者と子どもたち、大人と、本活動の目的である“つながる”を確実に実現しています。
手から手へ、秋をつなぐ日
“さくら湯感謝祭”で干し柿づくり
もやいの心で町に賑わいを
毎年11月に行われる“さくら湯感謝祭”に集まった市民や高校生、小学生が、みんなで柿をむき、紐をつなぎ吊るしていきます。
この日を楽しみに参加する高齢者や子どもたちは、すっかり慣れたようす。初めて参加する子どもは、高齢者から手ほどきを受けながら目をキラキラと輝かせています。
世代を超えた「みんなで町をにぎやかにしたい」という思いが一つになって、一本、一本と、吊るし柿が町を彩ります。
大光寺の干し柿づくりに参加した子どもたちと保護者や地域住民。最高齢は何と93歳!大光寺では小学生を中心に月1回キッズデーと称して、地域住民とともに様々な活動を続けています
みんなの思い
たくさんの人の思いと力が寄せられ、この活動は続いています。
一年、また一年と、軒先に吊るされる柿が増え、やがて山鹿の街並みがオレンジに染まるその日まで活動を続けていきます。
大光寺
住職/内田惠美子さん
「日本の良き文化を子どもたちに継承する。それは大人の役目でもあります。みんなで作業した干し柿づくりは、きっと子どもたちの心に刻まれ、大人になった時に次の世代へ と引き継がれていくでしょう」
情報発信館 湯のまち茶屋
代表/木村元浩さん
「山鹿の特産栗の季節が終わったころ、豊前街道に干し柿が吊るされます。新たな魅力となって皆さんに足を運んでいただければうれしいです。ぜひ山鹿にお越しの際は、街中を歩いてください。いろいろな魅力に出会えますよ」
千代の園酒造/
本田雅晴 さん
「子どものころはどこの家でも干し柿がつくられ、私も縁側に吊るされた柿を楽しみにしていたものです。今ではその光景はすっかり見られなくなりました。豊前街道の吊るし柿を多くの人に知ってもらって、懐かしみながら山鹿を散策してもらいたいですね」
さくら湯感謝祭に参加した親子
「干し柿づくりは子どもたちにとってよい経験となりました。豊前街道の商店街と干し柿って、とてもマッチしていますね。来年も参加したいですね」